社内では、「草むしりでもいいから」はすでに伝説。と言うのも、カフェぶどうの木がオープンして間もない頃、お菓子職人の卵の青年がそう言ってぶどうの木の門をたたいたのです。でもまだカフェがオープンしたばかりだし、カフェのケーキの量なんてたかが知れている、としばし困惑。1ヶ月もいたらすぐ辞めてしまうのではと安易な気持ちで、しばらくやってみるかということになりました。ところが、シュークリームを作ってみて欲しくて「できる?」と聞いたら、彼にはまだ出来なかったのです。今でこそ理解できますが、職人さんの道のりは長く険しく、特に焼き物といわれる、スポンジやシュー皮や焼き菓子など窯の前の仕事は、熟練した職人さんでないと任されないのです。できないんです、と言われた社長の本があんまりもがっかりしたのでしょう、彼は夜になると、前の職場の先輩にこっそりシュー皮を習いに行き、「できましたよ!」と意気揚々と見せてくれたのです。「それならケーキ屋さんをやってみようか」と、カフェのお向かいにこれまた小さな洋菓子工房を作ったのが最初でした。「でもなあ、そんなに高い技術はないんだから、せめていい素材を使おうよ。わざわざ買いに来てくださるお客様に、技はなくても最高の素材のお菓子を食べてもらわないと、申し訳ない」それが今に至る、洋菓子工房の姿勢です。
ぶどうの木だからと、随分ぶどうのお菓子に挑戦しました。生地にぶどうを入れたり、ぶどうクリームを作ったり。ラムレーズン入りのダクワーズや、古いところではぶどうシューというのもありました。アントルメのデザインで、ぶどうを描いたものも人気でした。今も夏になるとおつくりする「涼紫」は、ぶどうジュースを素材とした葛きりジュレ。これは昔から変わらぬぶどうの木のロングセラーです。実はぶどうは、お菓子の素材としては難しいのです。自家製ぶどうジュースを随分素材として試しましたが、クリームなどにしてもなかなか味わいが思ったようには出てこない。生地に入れても味や香りが出にくいのです。だけど何とか、オリジナルのレーズンサンドを作りたいと考えました。ちょうどその頃、緑のぶどう、これは天日で乾かすのではなく陰干しなのでもともとの緑の色が残るのだそうですが、それが手に入りました。食べると干しぶどうのからからな感じではなくて、生のぶどうの感じが残っていて美味しかった。そして、ベーシックなラムレーズンに加えて、ぶどうクリームやマスカットなど、ぶどうにうんとこだわったレーズンサンド「緑のぶどうのクリームサンド」が出来上がったのです。これが今、ぶどうの木では県内外を問わず一番人気のお菓子になりました。